日本教職員バドミントン連盟(JEF)の歩み1

 年表

 西暦/年号  で   き   ご   と(詳細は次に掲載)
1961
昭和36 

630日 日本教職員バドミントン連盟誕生

会 長 栗本義彦氏(日本体育大学学長)

理事長 平田登志郎先生(東京・文京区立第二中学校)

107日 日本バドミントン協会臨時総会で承認された。

1962
昭和
37 
8月10日・11日 
 第1回全日本教職員バドミントン選手権大会開催

  会場 文京区立第二中学校体育館(3面)

 種目 一般男子・女子単複、30歳・40歳男子単複、混合複

 参加 13都道府県から60

1964  420日 「バドミントン体育」(後の本連盟機関紙)創刊
1969
昭和44 

720日 「バドミントン体育」を22号で廃刊して、「バドミントン界」(後の「バドミントンマガジン」)の編集協力へ、
1年後編集方針が合わず脱会

1025日 バドミントン・ハンドブック(第T編)発行
備考 現行の100問集の前身で、第T編は競技規則に関するQ&A

1972  7月20日 バドミントン・ハンドブック(第U編)発行
備考 第U編は大会運営規程に関するQ&A
1973
昭和48

第2代理事長に里見光徳先生就任

JEFマーク採用 デザイナーは松本文夫先生(桐朋女子高校)

 1974 第2代会長に柴田勝治氏(日本大学総長)就任
 1975
昭和
50

1月25日 バドミントン・ハンドブック(第V編)発行
備考 第V編は公認審判員規程に関するQ&A

1020日 機関紙「JEF NEWS」創刊 

 1977 4月4日 バドミントン・ハンドブック(合本)初版発行
備考 第T編、第U編、第V編を合本した本である
 1980 1028日 バドミントン・ハンドブック(合本)再版発行 
 1981
昭和
56 
7月20日 「JEF NEWS 第24号」 
       創立
20周年特別記念号発行 
1986  第3代理事長に小泉直坦就任 
1989
 平成元年

第4代理事長に前田耕作先生就任

会員資格の規約改正 

 1990 9月1日 バドミントン・ハンドブック(合本)改訂版発行
 1991
平成3年
8月30日 「JEF NEWS 第47号」 
       創立
30周年特別記念号発行 
 1994
平成6年
8月20日 会長・柴田勝治氏永眠、
会長代行 平田登志郎先生
1995
平成7年
 

第5代理事長に稲石一雄先生就任

1123日 副会長・今井 先先生永眠 

 1996 第3代会長に鯨岡兵輔氏(元衆議院副議長)就任 
2000年  8月1日 バドミントン100問集〈2000年版〉発行 完売
2001
平成13 

2月1日 バドミントン・100問集〈2001年版〉発行

5月7日 ホームページ公開

7月1日 「JEF NEWS 第69号」 
       創立
40周年特別記念号発行

2002年
平成14
今井基金設立(今井先生の遺族よりの寄付) 
60−65歳以上男子は2つの世代にまたがっての出場を認める
2003年 
平成15年
4月日 会長・鯨岡兵輔氏永眠、
会長代行 平田登志郎先生

 2004年
平成16年
第4代会長に下村博文氏(衆議院議員)就任
第6代理事長に高橋英夫先生就任
下村博文会長は名誉会長に、会長代行 前田耕作先生
2005年  第5代会長に関場 武氏(慶応義塾大学教授)就任 
2006年  会員資格として、「各種学校」を加え、会費を改正した。
2007年
 平成19年
会員資格として、「非常勤」を加えた。
12月1日 バドミントン・100問集〈2007-08年版〉発行 
以下続く   
 

日本教職員バドミントン連盟(JEF)の歩み2 その1

JEF誕生前から第40回大会まで

JEF NEWS 69号(平成13年夏季号)より抜粋           
            文責 JEF顧問 里 見 光 徳

1954年(昭和29年)

 この年、東京都において高等学校ばかりでなく中学校にもバドミントンを始めた学校が出来たので、中学校のバドミントン大会を開催することになった。聖学院中・高等学校でバドミントンを指導されていた今井(はじめ)先生が、その大会開催を呼びかけた。大会に参加した主なところは男子では聖学院中(今井先生)、台東区立竜泉中(平田登志郎先生)、麻布中(安楽末先生)などで、女子では女子聖学院中(佐野美代子先生)、十文字中(大塚直先生)など数校が集まってきたのである。

  そこで東京都中学校体育連盟の傘下にバドミントン部を創立することとなった。今井先生を中心に平田先生などがその中心になったのである。また、都中体連の 理事であった川上・古梶両先生の的確なご指導やご助言もあり、また、今井・平田両先生の熱意によって加盟申請は都中体連理事会において、満場一致の承認が 得られたのである。時は昭和30年3月30日であった。このことがきっかけとなり、東京都内でバドミントンを指導している教員の組織を結成する気運が高 まってきたのである。

 また一方では、大田区立大森第四中学校へ教育実習生として小泉伸坦(のぶひろ)氏が配属された。バドミントン部の顧問であった池田昌道先生の依頼により、クラブ活動としてのバドミントン部を指導することになった。このことが縁となり、教育実習終了後も引き続き指導を依頼された。

小 泉・里見光徳両名(東京学芸大学の同期生)が出かけて指導したのもこの年である。このとき、この中学校の2年生に在籍していた少年に、後の本連盟機関誌 「JEF NEWS」編集長になった本間研一氏がいたのである。選手として活躍した人である。このことが縁となり、彼が今井先生に紹介したのがであった小 泉・里見両名だったのである。

 その年の9月、今井先生の勤務先である聖学院高校に平田、池田、大塚、小泉、里見の他数人の先生が招集され、毎週土曜日に定期的に練習会を始めることになった。また、女性として諸田みやこさん(日本女子体育短大学生)もおられた。この時集まったメンバーが後のBFC(Bird Friends' Club)の中心的人物になったのである。また、後の東京都教職員バドミントン連盟(TEF)、日本教職員バドミントン連盟(JEF)の組織作りの原動力にもなったのである。

1956年(昭和31年)

  東京都の教員の組織(BFC)は毎週の練習会で今井先生を中心に団結していった。だが、視野を東京ばかりでなく、他の道府県にも向けなければならないとい う使命感があった。全国各地でバドミントンの普及発展に地道な努力をされている人の中には、何といっても我々教員の仲間が多数を占めていることは言うまで もない。そのような教員の指導者がお互いに連絡をとりあい、日頃の体験や研究を持ち寄って、指導者の研修をする場や組織などを作れば、もっと日本のバドミ ントンは向上すると考えた。そのためには、その方々と直接お目にかかり、技術や意見の交換をする必要があり、それには我々から積極的にそこに出かけ、意思 の疎通をはかることに意義を感じたのである。かくして毎年、夏休みを利用してラケットを持ち、各地を転戦しながら同好の志を求めることになったのである。

  この年は、仙台・室蘭・富川・札幌と北へのコースをとった。仙台では名門尚絅女学院で、室蘭では佐藤哲郎先生に、また札幌では奈良岡健三先生を始め小飼栄 一・神山周二諸氏に大歓迎を受けた。特に、この札幌での樽ごと出された生ビールの旨さは、今もって語り草になっている。富川では歌的な富川高校体育館で合宿し、技術面ばかりでなくバドミントン理論の研修にも励んだのである。

1957年(昭和32年)

  前年同様、夏休みになると早速ラケットを持ち、先ず岡山に出かけた。そこでの名門山陽女子高校にて毛利清志・山上周之・西崎正明諸先生方と試合や懇談会を 行なった。次に四国高松に渡って穐山正雄先生を訪たり、さらに瀬戸内海を夜、航海しながら別府に上陸、宮崎・鹿児島と観光を楽しみながら熊本へと入った。 ここでは伊藤基記先生のお世話で試合やら交歓会など行ない、教員の組織を創ることに深い理解を示していただいた。このとき、熊本商科大学の学生であった徳 重氏(後にカールトン社勤務)には、我々一行のために付ききりで面倒を見ていただいたことを大変感謝している。その後、長崎に行ったが台風に遭い、旅館に 閉じ込められ、日程を遅らせて広島から松江へと向かい、全国高校大会を見学したのである。

1958年(昭和33年)

  この年の夏、新潟へ出かけて全国高校大会を見学し、さらにこの地で合宿をした。ここでは市嶋智三郎先生にお目にかかり、新潟の先生方と交流を深めていっ た。その後、佐渡に渡りバドミントンに大変熱心な臼杵先生にお会いできた。すっかり意気投合してバドミントンについて大いに語り、お互いに将来の日本教職 員バドミントン連盟の結成を約束し、お別れしたのである。

  聖学院における定例練習会に平田先生が新人紹介をした。当時、台東区立竜泉中学に赴任した前田耕作先生である。その頃の組織BFCのメンバーになるために は練習会でメンバーに紹介し、仲間として共にやってもらえるかどうかを一定期間お付合いして入会を決めていたのである。少数精鋭で努力するしかない時代 で、それまでにも何人かが紹介されたが、長続きしなかった。その点、彼は素晴らしい才能とファイトで我々の一員となったし、その後我々組織の重要な人物と なったのである。

1959年(昭和34年)

 我々のこのような地道な努力は、多少なりとも影響を及ぼしたのか、あるいは時代の趨勢によるものか、この年から国民体育大会のバドミントン種目の中に「教員の部」が設けられ、ようやく一つの念願がかなったかのように思えた。

  他の競技団体でも同様であるが、それぞれの競技での初期の段階では、というより昭和20〜30年代では教員に実力があり、普及の原動力でもあり、それに加 えて練習時間が生徒指導という名目であれ豊富であり、一般の者ではとてもかなわないという状況にあった。そのため一般男子の種目の中から締め出さないと勝 負にならないという一面もあったのである。

  このような状況の中で、我々日本教職員バドミントン連盟は日本バドミントン協会に加盟申請をしたが、仲間と思っていた教員から反対され受け入れられなかっ た。国体の「教員の部」があるのに、更にその上「教職員大会」を開催する必要はないと言うのである。その時の反対理由の説明で“屋上屋を架する”と言う言 葉が、今でも記憶に生々しい。

1960年(昭和35年)

  我が国のバドミントンの普及発展は目覚しいものであった。しかし、今日の発展は全国各地で地道に努力してきた我々教職員指導者によるところ大であると自負 している。『全国の教職員が一体となり、日頃の体験や研究を持ち寄って研修の場と組織を作ろう』との声が各地であった。着々としてその基礎固めをしてきた し、全国各地には教職員の全国組織の必要性を理解して活躍していた篤志家も多かった。それにもかかわらず“日本バドミントン協会”の承認を得られなかった 理由は何であるかを検討せざるを得なかった。

 この年には、地方に出ることなく都内の教職員の組織や関東の教職員の組織固めに努力した。

特 に国体では教員の部の資格が小・中・高の常勤教員のみと限定されていた。それがあまりにも厳しいのでバドミントンを指導している事務教員、教育委員会勤務 者、大学教職員、その他教育機関なら講師でも助手でも参加できるようにしようと我々連盟の参加資格の共通理解を持ったのである。それ以来、広い範囲の指導 者(教職員)で組織化する連盟となるような基本構想としたのである。

1961年(昭和36年)
 日本教職員バドミントン連盟(JEF)結成の年

 昭和21年日本バドミントン協会が創設されて以来半世紀以上も経過した今日、わが国のバドミントンの普及発展は目覚しいものであった。しかし、今日の発展は、全国各地で地道に努力してきた我々教職員指導者によるところが大であると、自負するものである。『全国の教職員が体となり日頃の研究や体験を持ち寄っての研修の場と組織をつくろう』との声は195657年 頃から各地であったが、特に、東京都教職員バドミントン連盟(TEF)や当時の『同好の志の集い』であったBFCの間に活発化し、彼らは研修旅行と啓発を 兼ねて全国各地を旅行し、着々その基礎固めをしていたのである。勿論、これと時を同じくして全国各地に教職員の全国組織の必要性を唱えて活躍していた篤志 家も多かったのである。

 時に、1961年 (昭和36年)日本バドミントン協会の新理事長森友徳兵衛氏は意欲的に協会の機構作りに奔走し、折から胎動しつつあったわが教職員連盟に対し、その労を惜 しまずこの年の9月30日、遂に本連盟が誕生したのである。(同10月7日の日本バドミントン協会の臨時総会において正式に承認された)全国各地にある先 達者諸氏の営々孔々たる努力がついに実ったのである。

我々はわれらの組織を『日本教職員バドミントン連盟』
  [JAPAN EDUCATORS‘ BADMINTON 
           FEDERATION(略称JEF)]

と名付けた。会長には栗本義彦氏(日本体育大学学長)を推戴、平田登志郎氏(当時文京区立第二中学校)が初代理事長に就任した。

1962年(昭和37年)

 第1回 全日本教職員大会・東京都で開く 文京区 
 
 第1回 全国指導者研修会が同時に開催される

 第1回全日本教職員大会は東京都文京区立第二中学校体育館において、北海道、秋田、栃木、群馬、千葉、東京、静岡、岐阜、石川、大阪、岡山、山口、熊本の13都道府県からの精鋭が集まった。

  第1回全国学校体育指導者研修会は第5次日本協会指導者研修会として同校で開催、高倉正治氏(日バ常務理事)から「バドミントンの国際関係」について、今 井先氏(二階堂高校教諭)から「競技規則と大会運営規定」について、平田登志郎氏(JEF理事長)から「中学校におけるバドミントンクラブの現状と展望 等」について解説や講義、そして討論が展開された。また、将来JEFの二大事業として全日本教職員大会と全国指導者研修会が毎年行われることが可決され た。なお、この年に『バドミントン体育』(後に教職員連盟機関誌)が創刊された。

1963年(昭和38年)

 第2回 全日本教職員大会・群馬県で開催 桐生市
 
 第2回 全国指導者研修会を開催

 群馬県桐生市立商業高校と桐生高校を舞台に開かれた。群馬県バドミントン協会の理事長増田保夫氏の積極的な協力を得て女子の参加が増える。前回に加えて新潟と神奈川の両県が参加、かなり盛況であった。

1964年(昭和39年)

 第3回 全日本教職員大会・三重県で開催 伊勢市

 第3回 全国指導者研修会を開催

 三重県伊勢市県立体育館において開催、参加都道府県は18で あった。この大会の特徴は多くのニューフェイスが登場した。男子に渡部・永井(新潟)、酒井(大阪)、佐藤(青森)、女子には高木・天野(岐阜)、小勝 (栃木)など、各種目にわって活躍し、大会の内容を充実させた。この年、高木・天野両選手はユーバー杯候補選手に選ばれた。また、伊藤基記氏(熊本)は社 会人大会40歳単において10連覇の偉業を成し遂げた。

1965年(昭和40年)

 第4回 全日本教職員大会・大分県で開催 日田市

 第4回 全国指導者研修会を開催

 大分県日田市県立日田高校と昭和女子高校において開催された。この回から従来の種目に男子団体と女子団体が加わった。参加都道府県は20になる。男子団体戦出場は秋田、千葉、東京、富山、岐阜、大阪、岡山、愛媛、熊本の9都府県、女子は1チーム(岐阜)であった。

 第1回の男子団体は岡山県が優勝した。

1966年(昭和41年)

 第5回 全日本教職員大会・北海道で開催 札幌市

 第5回 全国指導者研修会を開催

 北海道札幌市体育館において開催される。冬季オリンピックを期して活況を呈していたこの地での大会は、いやが上にも熱気を帯びていた。特に地元北海道は男子団体5チームを編成して参加した。

 この年は、日本女子チームがユーバー杯に初出場し、10年不敗のアメリカチームを5−2で下し、初優勝した輝かしい年である。

 また、開催県より大会と研修会を併設するのは負担が多いので免除してほしいとの要望があり、JEF研修会は日バ主催の研修会と合同主催することになり、日バ主催の時期と場所に参加することになった。

1967年(昭和42年)

 第6回 全日本教職員大会・富山県で開催 高岡市

 万葉の景勝地富山県高岡市県立高岡高校と県立高岡工芸高校の両会場で行われたのが、今回から成壮年代団体が加わり参加者は空前の数にのぼった。
 参加都道府県数20

 初の成壮年代団体は東京都が優勝した。

 『バドミントン体育』が本連盟の正式機関誌となり、発行責任者平田理事長が決まる。 『バドミントン体育』も第13号を数え、名実共に内容も充実して行った。

 JEFの運営をより能率的にするため5専門部(普及、指導、審判、編集、事業)を設置した。これら専門部のもとに10ブロック(北海道、東北、関東、京浜、東海、北信越、近畿、中国、四国、九州)に理事を置き、運営に協力するという態勢が整う。

 事業部がシャトルトルの斡旋をはじめる。水鳥シャトルが入手困難な地方の方々のため、廉価で送付することを業者の協力を得て実施する。 

 『バドミントン体育』13号(春季号)、14号(夏季号)、15号(秋季号)、16号(冬季号)を発行


1968年(昭和43年)

 第7回 全日本教職員大会・大阪府で開催 大阪市

 大阪市立体育館において開催される。参加都道府県21

 明年、東京で行なわれる第5回ユーバー杯防衛戦に本連盟関係者の今井先氏が監督に、毛利清志氏がコーチに就任、また、選手も高木紀子さん、天野博江さんが選手に選考された。

 JEFマークを公募する。本連盟を象徴するいわゆるJEFマークを作るべく執行部で検討、機関誌「バドミントン体育」を通して公募したところ、4点を佳作とするが採択にはならなかった。採択は1973年。

1969年(昭和44年)

 第8回 全日本教職員大会・埼玉県で開催 上尾市

 埼玉県上尾市運動公園体育館において行なわれる。
 参加都道府県23

 第5回ユーバー杯争奪選手権大会は4ゾーンの勝者イングランド・アメリカ・インドネシア・タイとの間で争われ、インドネシアが挑戦国になった。しかし、日本チームは高木紀子主将を中心にインドネシアを一蹴し、初防衛に成功した。

  日本バドミントン協会は、ユーバー杯に優勝したことを記念して『バドミントン界』を出版することになった。その編集にわが連盟の機関誌『バドミントン体 育』のスタッフが協力を求められ、協議の結果、これに協力することになった。そのため連盟機関誌『バドミントン体育』は『バドミントン界』に吸収・合併す ることになり、『バドミントン体育』はこの年を持って廃刊とする。(しかし、一年後本連盟の編集方針と趣旨に合わず決別する。この間機関誌途絶える)

 『バドミントン体育』21号(春季号)、22号(夏季号)を発行し、終了する。

 『バドミントン・ハンドブック』(第T編)
  …競技規則100問集…、初版発行(1969.10.25

1970年(昭和45年)

 第9回 全日本教職員大会・岐阜県で開催 岐阜市

 岐阜県民体育館において行なわれる。参加都道府県23

 昨年見事ユーバー杯を防衛した今井先、毛利清志、高木紀子、天野博江の4氏を教職員連盟より特別表彰をし、その功労を称える。

 来年度より成壮年団体戦が日本バドミントン協会の正式種目に認められた。

1971年(昭和46年)

 第10回 全日本教職員大会・岡山県で開催 岡山市

 岡山県営体育館・岡山大学体育館において行なわれる。
 参加都道府県23

 10周年記念に当たり栗本義彦、今井先、森友徳兵衛、毛利清志の4氏に感謝状授与

 乾英三郎、松本弘充、北方匡、毛利清志、西崎正明、宝来敏夫、宮脇正晴、北野敬四郎、片岡輝明、鈴木祐司、以上10名を表彰する。

1972年(昭和47年)

 第11回 全日本教職員大会・秋田県で開催 秋田市

 秋田県立体育館において行なわれる。参加都道府県22

 本年度のJEF総会において、今年度をもつて初代理事長平田登志郎氏が勇退し、第2代理事長に里見光徳氏を選出した。

『バドミントン・ハンドブック』(第U編)
 …大会運営規定100問集…、初版発行(1972.7.10

1973年(昭和48年)

 第12回 全日本教職員大会・滋賀県で開催 大津市

 滋賀県立体育館において行なわれる。参加都道府県27

 先に公募したJEFマークは採択されないまま、保留となっていたが専門家(桐朋女子高等学校美術科教諭・松本文夫氏)にそのデザインを依頼していた。

 出来上がりの作品を検討、理事会の承認を経て「JEFマーク」に正式採択することにした。さらに、このマークで連盟旗を製作し、明年よりJEF大会の会場に掲揚し会員に披露することになった。

1974年(昭和49年)

 第13回 全日本教職員大会・熊本県で開催 熊本市

 熊本市立体育館において行なわれる。参加都道府県34

  本大会の成績に基づいて作製されるランキング中、個人戦一般の部、各種目8位以内にランクされた者は1974年度全日本総合バドミントン選手権大会への出場権が拡大された。

 本連盟会長栗本義彦氏が亡くなられ、柴田勝治氏(日本大学総長・理事長)が第2代会長に就任された。

『バドミントン・ハンドブック』(第V編)
 …審判法100問集・‥、初版発行(1975.1.25

1975年(昭和50年)

 第14回 全日本教職員大会・栃木県で開催 小山市

 栃木県立小山城南高校体育館・昭和アルミ体育館において開く。
 参加都道府県31

 総会において、表彰規定成立(1人100

昭和37年度に創刊された本連盟機関誌『バドミントン体育』は昭和44年に日本バドミントン協会機関誌『バドミントン界』協力すべく、吸収・合併され発展的に解消したが、教職員としての立場から考え、やはり『バドミントン界』とは違ったものが要求されるようになった。

従来の大会開催の時だけが唯一の会員交流の場でなく、JEF会員の研修の場、また情報伝達・交歓の場として会員相互の親睦も併せて考えられるものとして、新たに『JEF NEWS』(年4回)を発刊することになった。発行責任者として里見光徳理事長が、編集長に本間研一氏が就任した。毎年10月、1月、4月、7月の20日を発行日とする。

 『JEF NEWS』創刊号(秋季号)(1975.10.20)第2号(冬季号)を発行

1976年(昭和51年)

 第15回 全日本教職員大会・東京都で開催 世田谷区

 世田谷区駒沢オリンピック記念公園体育館、大田区体育館、千代田区体育館、二階堂高校体育館において開く。参加都道府県30

 『JEF NEWS』号(春季号)、4号(夏季号)、5号(秋季号)、6号(冬季号)を発行

1977年(昭和52年)

 『バドミントン・ハンドブック』(合併号)、
  初版発行(1977.4.4

 第16回 全日本教職員大会・山口県で開催 山口市

 下関市体育館において開く。参加都道府県35

 大会期間中雷雨があり変電所が浸水したため、2時間ほど停電して競技が中止した。

 『JEF NEWS』第9号(昭和52年秋季号)から、右綴じ縦書きの紙面を左綴じ横書きの紙面に変更し、英文などを入れやすくした。

 『JEF NEWS』7号(春季号)、8号(夏季号)、9号(秋季号)、10号(冬季号)を発行

1978年(昭和53年)

 第17回 全日本教職員大会・宮城県で開催 仙台市

 宮城県スポーツセンター、尚絅女学院体育館、仙台商業高校体育館、第一女子体育館において開く。参加都道府県34

 JEF表彰は5年毎であったが、次回より毎年該当者を表彰することになった。

 本年1月、世界バドミントン連盟(WBF)設立される。中国など19ヶ国で結成、国際バドミントン連盟(IBF)と別個の組織が出来た。このためバドミントンはオリンピックに加盟することは不可能になった。

 『JEF NEWS』11号(春季号)、12号(夏季号)、13号(秋季号)、14号(冬季号)を発行

1979年(昭和54年)

 第18回 全日本教職員大会・福岡県で開催、北九州市 
 第1回懇親会を開く

 北九州市総合体育館において開く。参加都道府県39

  昭和34年から国民体育大会バドミントン種目の中に設けられていた“教員の部”が本年度をもって廃止されることになった。その理由として国民体育大会は年 齢・性別によって区分すべきであって、教員という職域で分けてはならないという日本体育協会からの指示があったからである。日本バドミントン協会はその処 置として本年度(宮崎県)は教員の部を全都道府県の本大会出場をさせ終了し、来年度国体成年男子の部に教員を1名以上参加させることが決まった。

 『JEF NEWS』I5号(春季号)、16号(夏季号)、17号(秋季号)、18号(冬季号)を発行


1980年(昭和55年)

 第19回 全日本教職員大会・石川県で開催 金沢市 
 第2回懇親会を開く

 総会で、次年度より個人登録費を500とすることが承認される。

石川県体育館、金沢大学体育館において開く。参加都道府県30
 『JEF NEWS』19号(春季号)、20号(夏季号)、21号(秋季号)、22号(冬季号)を発行

 『バドミントン・ハンドブック』(合併号)
  第2版発行(1980.10.28

1981年(昭和56年)

 第20回 全日本教職員大会・福島県で開催 郡山市 
 第3回懇親会を開く

 郡山総合体育館、安積女子高校体育館において開く。
 参加都道府県31

 JEF大会テレビ放映される。約2時間に渡り、福島テレビから女子 複決勝戦が3ゲーム全部放映された。

 『JEF NEWS』23号(春季号)、24号(夏季号)、25号(秋季号)、26号(冬季号)を発行

 JEF NEWS 24号(夏季号)は創立20周年特別記念号となる。

1982年(昭和57年)

 第21回 全日本教職員大会・佐賀県で開催 嬉野市 
 第4回懇親会を開く

 嬉野町体育館、嬉野商業高校体育館において開く。
 参加都道府県31

 本年4月、日本バドミントン協会は財団法人となる。

 『JEF NEWS』27号(春季号)、28号(夏季号)、29号(秋季号)、30号(冬季号)を発行

 JEF NEWS 編集を充実させるため、新たに編集局を設け
 大塚 直氏が編集局長になる。

1983年(昭和58年)

 第22回 全日本教職員大会・静岡県で開催 沼津市 
 第5回懇親会を開く

 総会で、次年度より個人登録費を1,000とすることが承認される。
 
沼津市民体育館、沼津勤労者体育センターにおいて開く。
 参加都道府県33

 大会期間中大きな地震があり、試合が一時中断した。地震直後自動的に体育館内各扉が閉まり、復旧するのに30分ほど時間を要した。

 『JEF NEWS』31号(春季号)、32号(夏季号)、33号(秋季号)、34号(冬季号)を発行

1984年(昭和59年)

 第23回 全日本教職員大会・青森県で開催 弘前市 
 第6回懇親会を開く

 弘前市民体育館、東奥義塾体育館において開く。参加都道府県27

 この年、来年度の役員改選にあたり、理事長里見光徳が日本バドミントン協会の常務理事(指導委員会委員長)を兼務しているのはおかしいと言う理由で、どちらかを辞めるように緊急動議が出た。そこで、理事会では、今年度をもってJEF理事長里見光徳が退任、新たに小泉直坦(なおひろ)氏が第3代理事長に選任し、来年度の総会で諮ることになった。

 『JEF NEWS』35号(春季号)、36号(夏季号)、37号(秋季号)、38号(冬季号)を発行


1985年(昭和60年)

 第24回 全日本教職員大会・福井県で開催 福井市 
 第7回懇親会を開く

 総会で、第3代理事長に小泉直坦氏が選任される。
 福井県営体育館、県立科学技術体育館において開く。
 参加都道府県34

 JEF NEWS 発行責任者は小泉直坦理事長に代わる。

 『JEF NEWS』39 40号(春・夏合併号)を発行

1986年(昭和61年)            `

 第25回 全日本教職員大会・広島県で開催 広島市 第8回懇親会を開く

 広島サンプラザ体育館において開く。参加都道府県32

 男子50才代参加数が増加し、来年度から男子60才以上単複の種目が新設された。ただし、この年代になると職場を定年退職する人もあり、長年JEF大会に出場している人には、準会員として出場することを認めた。

 『JEF NEWS』40号(夏季号)を発行{本来は41号}

1987年(昭和62年)

 第26回 全日本教職員大会・北海道で開催 
 第9回懇親会を開く

 苫小牧市総合体育館・苫小牧工業高校体育館において開く。参加都道府県30

 『JEF NEWS』38号(夏季号)、39号(秋季号)を発行{本来は4243号}

1988年(昭和63年)

 第27回 全日本教職員大会・奈良県で開催 奈良市 
 第10回懇親会を開く

 奈良市中央体育館、育英高校体育館において開く。
 参加都道府県37

 『JEF NEWS』40号(春季号)、41号(夏季号)を発行

 JEF NEWS 発行責任者は次年度より前田耕作理事長に代わる。

1989年(平成元年)

 第28回 全日本教職員大会・香川県で開催 坂出市 
 第11回懇親会を開く

 坂出県営体育館において開く。参加都道府県36

 『JEF NEWS』42号(春季号)、43号を発行

 総会で、今年度をもって第3代理事長小泉直担氏が勇退し、第4代理事長に前田耕作氏を選出した。

1990年(平成2年)

 第29回 全日本教職員大会・岩手県で開催 盛岡市 第12回懇親会を開く

 岩手県営体育館、厨川体育館において開く。参加都道府県36

 次回より本連盟の2大行事である研修会を復活、競技開始前に開催することになった。
 『バドミントン・ハンドブック』(合併号)、
  改定版発行(1990.9.1

 『JEF NEWS44号、45号を発行・


1991年(平成3年)       

 第30回 全日本教職員大会・愛知県で開催 豊橋市 
 第13回懇親会を開く。

 同研修会「日本のバドミントンの将来と問題点」
  遠井稔男・片岡輝明・佐藤秀夫・藤上良信4氏共同講演、
  司会 平田登志郎氏

 豊橋市総合体育館において開く。参加都道府県39

  今年度を持って混合複の種目が廃止される。日本バドミントン協会から教員大会の種目が多く、個人戦は社会人大会に参加し、団体戦のみにするよう言われてい たが、教職員という特殊性より個人戦も団体戦も継続することになった。しかし、混合複のみは日バで新たに設けた混合複大会に吸収合併することになり、来年 度の教員大会からは廃止することになったのである。

また、開催県からこの混合複のタイムテーブルが組みにくく、どうしても総ての個人戦が終わらないと出来ないという事情もあった。

  『JEF NEWS』46号、47号を発行

 『JEF NEWS』47号(H3.8.3O発行)は創立30周年特別記念号となる。

 この号から発行責任者兼編集責任者前田耕作氏となる。

 特別功労賞(30年連続大会参加)
   鈴木祐司氏(選手として)、里見光徳(役員として)

1992年(平成4年)

 第31回 全日本教職員大会・熊本県で開催 熊本市 
 第14回懇親会を開く

 同研修会「メンタルトレーニングについて」 講師 熊本大学教授 岩崎健一氏

 熊本県総合体育館において開く。参加都道府県43

 大会開催初日に熊本県地方台風に見舞われ、開催が危ぶまれたが特に会場等には支障なく、予定を多少遅らせた程度で行なわれた。しかし、沖縄からの交通が遮断され、その為選手が間に合わず参加できなかったのは残念である。

 『JEF NEWS』48号(春号)、49号(秋号)を発行

1993年(平成5年)

 第32回 全日本教職員大会・神奈川県で開催 平塚市 第15回懇親会を開く

 同研修会「指導者のあり方」杉田博氏・中山(高木)紀子氏対談講演

 平塚市総合体育館・平塚市見付台体育館において開く。参加都道府県40

 

 『JEF NEWS』50号(夏号)を発行

 JEF NEWS 発行責任者は次年度より稲石一雄理事長に代わる。

1994年(平成6年)            

 第33回 全日本教職員大会・石川県で開催 金沢市 
 第16回懇親会を開く

 同研修会「バドミントン競技に対する提言」

      講師 金沢市立工業高校校長 河原山春夫氏

 総会で、今年度をもって第4代理事長前田耕作氏が勇退し、第5代理事 長に稲石一雄氏を選出した。
 金沢市総合体育館・石川県体育館において開く。参加都道府県38

 『JEF NEWS』51号(春号)、52号(夏号)を発行


1995年(平成7年)

 第34回 全日本教職員大会・鳥取県で開催 米子市 
 第17回懇親会を開く

 同研修会「身体のケアについて」

     講師 境港市立第二中学校教諭 湊 英之氏

 米子市民体育館・米子産業体育館において開く。参加都道府県39

 個人戦2日目、落雷によりメイン会場の照明の照度が落ちたが、競技は支障なく続けられた。

1123日 今井 先氏逝去

『JEF NEWS』53号(春号)、54号(夏号)、55号(冬号)を発行

1996年(平成8年)

 第35回 全日本教職員大会・千葉県で開催 千葉市 
 第19回懇親会を開く

 同研修会「バドミントンの障害の分析、怪我について」

  講師
 川崎製鉄千葉病院整形外科・スポーツ整形外科部長 岡崎壮之氏

 鯨岡会長が開会式に出席する予定であったが、直前で来られなくなった。

千葉ポートアリーナ・千葉公園体育館において開く。
 参加都道府県40

 個人戦2日目、落雷によりメイン会場の照明の照度が落ちたが、競技は支障なく続けられた。

本連盟会長柴田勝治氏が亡くなられ、鯨岡兵輔氏(当時衆議院議会副議長)が第3代会長として就任された。

 『JEF NEWS』56号(春号)、57号(冬号)を発行

1997年(平成9年)

 第36回 全日本教職員大会・和歌山県で開催 新宮市 
 第20回懇親会を開く

 同研修会「体カトレーニングとバドミントン」

   講師 新宮商業高校教諭 瀬古周作氏

 総会で、大会交付金を40万円とすることが承認される
 新宮市総合体育館・新宮高校体育館・新宮商業高校体育館・新宮市立勤労者体育館において開く。参加都道府県37

団体戦を初回戦から2点先取とする。

 『JEF NEWS58号(春号)、59号(秋号)を発行

1998年(平成10年)

 組み合わせを現地で行うことにした。下見をする。

  第37回 全日本教職員大会・愛媛県で開催 松山市 
 第21回懇親会を開く

 同研修会「バドミントンの障害と予防」

     講師 NTT松山病院医師 喜多岡健二氏

 愛媛県総合運動公園体育館・松山市総合コミュニティセンター体育館において開く。

参加都道府県40

 地元の努力で、敗者審判を行わなかった。

総会で、来年度より敗者審判制度を廃止、派遣審判員規定制度を制定し明年より実施する。

『JEF NEWS』60号(春号)、61号(秋号)、62号(冬号)を発行


1999年(平成11年)

 第38回 全日本教職員大会・青森県で開催 青森市 
 第22回懇親会を開く

 同研修会。古代ロマン「三内丸山古墳の神秘」をさぐる。

 特別表彰 故鈴木祐司氏(秋田県)に授与、第1回大会から連続37回出場を称える。

総会において、65歳以上男子単・複、40歳以上女子単・複新設の動議がされ、採用し、承認した。

 青森市民体育館・青森県総合運動公園体育館・青森高校体育館において開く。参加都道府県36 来年度より65才以単・複の種目を新設する。

 第1回派遣審判制度発足 派遣審判員は4人であった。

  『JEF NEWS』63号(春号)、64号(秋号)を発行

2000年(平成12年)

 第39回 全日本教職員大会・三重県で開催 伊勢市 
 第23回懇親会 を開く

 同研修会「バドミントン競技の初期の歴史及びその当時のルール       からバドミントンの原典を探る」
     講師 東海女子大学助教授 蘭和真氏

 三重県サンアリーナ体育館において開く。参加都道府県41

 65歳以上男子単・複、40歳以上女子単・複新設

『JEF NEWS』65号(春号)、66号(夏号)、67号(秋号)を発行

 『バドミントン・100問集』、2000年版発行(2000.8.1)   年内に完売

 『バドミントン・100問集』、2001年版発行(2001.2.1


2001年(平成13年)

 第40回 全日本教職員大会・福岡県で開催 北九州市 
 第24回懇親 会を開く

 同研修会「ジュニア育成と競技力向上について」

  遠井稔男・横溝安伸・能登則男3氏による講演、
   司会 稲石一雄氏

 40周年記念行事 大会レセプションを記念行事と兼ね、記念表彰等を行う。

  ホームページ開設

   総合優勝制度発足(優勝杯はかつての混合複のカップを使用し、
          
1位から4位に盾を授与。どちらも持ち回り。)                

   役員ポロシャツを作る

 総会で、次年度より派遣審判対策積立金を個人1000円、団体5000円にすることと6065歳以上男子は2つの年代にまたがって出場できることが承認

北九州市立若松体育館・北九州市立総合体育館において開く。
 参加都道府県41

 各種目優勝者に写真を授与

 『JEF NEWS』68号(春号)、69号(夏号)、70号(秋号)を発 行

 『JEF NEWS』69号(H13.7.20発行)は創立40周年記念特別号 となる。

 JEF大会総合優勝制度実施される。

その1終わり


日本教職員バドミントン連盟(JEF)の歩み その2

 41回大会以後


2002年(平成14年)

 文部科学大臣杯問題勃発 文部科学省へ小泉・前田・稲石で交渉に行く。従来の5杯を1杯に削減するという方針が告げられた。また、本連盟の大会に生涯スポーツ課より文部科学大臣杯を出すのは筋が違う旨の説明を受けた。

第41回 全日本教職員大会・山梨県で開催 甲府市 
 同研修会「ルール研修会」 

    講師 日本教職員バドミントン連盟副理事長 高橋英夫氏

 総会で、今井基金設立(故今井 先氏の遺族から金10万円の寄付を受けて)の承認

 小瀬スポーツ公園体育館において開く。参加都道府県40

 6065歳以上男子は2つの年代にまたがって出場

 派遣審判員証明書発行(写真を添えて)

『JEF NEWS』71号(春号)、72号(夏号)、73号(秋号)


2003年(平成15年)

 4月1日 鯨岡兵輔会長逝去 

常任理事会で第4代会長に下村博文氏(衆議院議員)を推挙する。また 大会派遣理事の数を5人以内とすることを可決する。

第42回 全日本教職員大会・宮崎県で開催 宮崎市

 同研修会 「競技の勝敗は何によって決まるか?」

     講師 宮崎大学教授 廣田 彰氏

 総会で、第代会長に下村博文氏の留任と第6代理事長に高橋英夫氏の 選任が承認される。派遣審判員規程 一部改正(+表彰制度)

 宮崎市総合体育館・宮崎県立体育館において開く。参加都道府県42

 『JEF NEWS』74号(春号)、75号(夏号)、76号(秋号)


2004年(平成16年)

 第43回 全日本教職員大会・島根県で開催 三刀屋町
 
 同研修会 「ジュニア問題を引き受けるには」 

        講師 筑波大学名誉教授 阿部一佳氏

 三刀屋町文化体育館アスパル・三刀屋町立三刀屋体育館・大東公園体育館において開く。参加都道府県38

 9月に、文部省からの通達により、下村博文氏が名誉会長になり、会長代行に前田耕作氏が選任される。

『JEF NEWS』77号(夏号)、78号(秋号)
 この年より年2回発行となる。

2005年(平成17年)

 第44回 全日本教職員大会・栃木県で開催 宇都宮市

 同研修会 「長谷川に訊け!」 
  講師 尚美学園大学 長谷川博幸氏

 8月6日 全国ブロック理事会の開催 

 総会で、第5代会長に関場 武氏(慶応大学教授)が選任される。

 栃木県体育館・宇都宮市立清原体育館において開く。
 参加都道府県40

 『JEF NEWS』79号(夏号)、80号(冬号)を発行


2006年(平成18年)

 第45回 全日本教職員大会・京都府で開催 京都市

 同研修会1「バドミントン競技におけるスポーツ障害と疾病」

 講師 京都府高体連研究員 京都府立洛西高等学校 西村 元氏

     2「新ルール勉強会」 講師 高橋英夫氏、今井正男氏

 総会で、規約(会員)一部改正(+各種学校)、規約(会費)一部改正
 団体加盟負担金20,000に、また表彰積立金を1000円にする。

 西山公園体育館・京都府体育館において開く。参加都道府県40

 『JEF NEWS』81号(夏号)、82号(冬号)を発行


2007年(平成19年)

 第46回 全日本教職員大会・長崎県で開催 大村市

 同研修会  「バドミントン競技で勝つための筋力トレーニングの実践と実際」   
 講師 長崎県体育協会スポーツ医科学委員・マルヤジム代表
                      高西文利氏

 総会で、 約(会員)一部改正(+非常勤)

次年度より、70歳以上男子単複、50歳以上女子単複をエキジビションとして開催することが承認された。

 シーハットおおむら体育棟において開く。参加都道府県40

『JEF NEWS』83号(秋号)、84号(冬号)を発行

  『バドミントン・100問集』2007-2008年版発行
                     (2007.12.1)


2008年(平成20年)

 第47回 全日本教職員大会・茨城県で開催 牛久市・土浦市

 同研修会 「競技者育成をトレンドから再考する」
     
        講師 筑波大学体育学系助教 吹田真士氏

 牛久運動公園体育館・霞ヶ浦文化会館体育室において開く。
 参加都道府県42

団体戦の初回戦は3試合行い、以後は2点先取勝ちとする。また、70歳以上男子単複、50歳以上女子単複をエキジビションとして開催した。

 『JEF NEWS』85号(秋号)、86号(冬号)を発行


2009年(平成21年)

 第48回 全日本教職員大会・兵庫県で開催 神戸市

 同研修会「バドミントンの生い立ち」
  講師 甲南大学教授 鵤木千加子氏

 総会で、派遣審判員規程一部改正(今年度より開催県に20万円補助する)

 神戸市中央体育館・グリーンアリーナ神戸において開く。
 参加都道府県42

 『JEF NEWS』87号(夏号)を発行

                 2009年10月3日更新

以下続く

 

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